このページでは2003年のスタディツアーのスケジュール、訪問先、参加メンバーの感想に ついてご紹介します。 |
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8月6日 朝 托鉢 タイの仏教文化の一端に触れるために、 タイの人々の生活には密接な托鉢にAWC のツアーメンバーも参加しました。早朝タイ 料理を屋台で買い、お寺に向かいました。 地元の人々に混じってテーブルに料理を並べ、 お坊さんに裸足で食事を差し上げました。 |
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8月6日 バンナープースクール落成式 |
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| メンバーたちは教室で無事を祈願する式にも参加しました。願いを込めて手首に紐を結んでもらっています。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 8月7日 House of Love(愛の家) 1994年にHIVに感染し、行き場のなくなってしまった女性や子ども、母子感染の子ども、HIV/AIDS孤児が生活する施設として建てられました。衛生管理や栄養の管理、薬の補給などでAIDSの発症を抑え、子どもたちが教育を受けられるようにするなど、安心して生活できるように活動しています。開設当時は14名だった入所者が現在では倍くらいの数になっています。 |
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| 8月7日 New Life Center 内容 タイのNGOである、ニュー・ライフ・センター はキリスト教慈善団体で、1987年にできました。 センターはタイ北部の山岳民族の少女たちを対象 に買春の被害から保護し、教育・職業訓練などを 行い性的に虐待された少女たちに誇りと自信を与え、 自立支援を行う施設です。 |
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8月7日バーンサバーイ (快適な・平和な家という意) 2002年7月7日、タイのチェンマイに開設されたHIV感染者とAIDS患者のためのシェルターです。タイでは感染者や患者とその家族を地域がサポートするという考え方が基本にあります。しかし、何らかの事情で、家族がケアできない人、また、地域に住めない人々がバーンサバーイに入寮しています。 |
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| 8月7日ストリートチルドレン (グルムアーサー) 1992年からチェンマイ繁華街でストリートチルドレン救済の為に活動を続けてきた「先生」と呼ばれる中心スタッフが1997年にThe Volunteers Group Development(グルム・アーサー・パッタナー・デック)を立ち上げました。このNGOの主な活動はライフスキルトレーニング(生きていくために必要な力を養うトレーニング)やアートセラピー、麻薬・HIV/AIDS予防教育など、子どもたちの生活環境向上の為に活動を続けています。 |
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| 8月8日 午前 IMPECT (The Inter Mountain People Education and Culture in Thailand Association) 山岳民族の自立を助けるためのタイのNGOです。現在、タイでは8県、300村に農業、権利の保護、教育、ジェンダー、文化の継承などのプロジェクトを行っています。山岳民族の人たちに彼らの持つ権利や法律についてのエンパワメント、女性の収入向上のためのプロジェクトなど、自らの立場や状況を改善していこうとさまざまな活動をしています。 |
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| 8月8日 午後 YMCAパヤオセンター タイ北部で、貧困のため教育が受けられず、売られてしまうおそれのある子どもたちを緊急に保護している施設です。ここでは自立に向けて裁縫技術やお菓子作りを学んでいます。また、貧困家庭の子どもたちに対して奨学金を送り、教育支援をしています。ホームページ文章抜粋) |
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8月9日 午後 山岳民族でのホームステイ(メーランカム村) |
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| メーランカム村は山岳地帯の険しい山道を登った所にあるカレン族の村で、あたりは緑が濃く、村人たちは自然と共存しながら生活しています。メーランカム村にある学校の教室が不足していたため、1998年にAWCが初めて学校支援を行いました。 今回メンバーたちは村の人々の家でホームステイをしました。 |
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| 8月10日 夜 パッポン通り見学 バンコクでは有名な歓楽街であるパッポン通りを見学しました。 |
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| 8月11日 午前 スラム見学 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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スラムとは 農村から都市への人口の流れにより、劣悪な環境の中での生活の場をスラムと呼びます。一間か二間の家がせまい都市にひしめき、電気上下水道、トイレもなく不衛生な生活をよぎなくさせられています。 |
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| 8月12日 午後 HAPPY HOME |
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| YMCAが運営するエイズ孤児のための施設で、2000年に建設されました。ハッピーホームでは子どもたちに温かい生活の場を提供するだけではなく、教育の機会 を与え、自立できるよう指導しています。また、地域の人々にエイズ孤児やHIV感染者への理解を促すトレーニングをするなど、感染者やその家族の社会的、経済的 地位を上げるプログラムを実施しています。(YMCAホームページ文章抜粋) |
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| メンバーの声
総集編 小さく強い灯火 「私は、この村の発展に貢献したいの。」今にも消えそうな蚊のなくような声だが、力強さを感じさせるものだった。彼女の名前はフォイ。2年前、メーランカム村でホームステイをさせていただいた家の娘さんだ。今年もまた、彼女の家にホームステイさせてもらうことになった。あの時は、まだ小学生の恥ずかしがり屋さんといった感じだったが、今では自分の将来を語るまでに成長していた。現在彼女は、寮で生活をしていて、週末、村に帰ってくるそうだ。「あの時(2年前)は、私の夢は看護婦さんだったけど、今は違う。この村が少しでも発展することができるように、将来は開発の勉強をしたいの。」彼女の言葉が胸にズシリときた。この2年間のうちにこの村は多少なりとも変化していた。村の真ん中には、ニョロッと、場違いのようなたたずみで、公衆電話が出現した。また、夜にはテレビがある家庭に集合して、テレビをみて楽しんでいる。「山岳民族としての生活は?自分たちが持つ文化は?」チョットばかり意地悪な質問をしてしまった。すかさず彼女は「今の生活は貧しくって、それに不便だから・・・。少しでも生活がよくならないと」と答えた。 アカ族の若者に会う機会もあった。彼女は、AWCの奨学金を受けることになり、現在、チェンマイ大学で法律を勉強している。彼女が法律を勉強するきっかけは、「自分たちの民族や他の民族に対しての法的権利を保障する手助けができたら・・・。」という願いからだそうだ。 現在、急速に彼ら山岳民族の生活は変化している。いまだ法的権利を剥奪され、人権侵害がつづくなか、今後、どのような道を彼らが歩むのか。どのように選択していくのか。それは、彼ら自身に託されている。そして、未来へ向けての灯火が確実に成長している。この力強い灯火を見守っていきたい。
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